世界の縁からこんにちは

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お笑い芸人の「ファンサービス」について考える

 「女性シンガーソングライター刺殺事件」が最近話題となっている。これは他人事ではない。「女性」や「シンガーソングライター」などの肩書がなくても、起こり得る事件なのだ。

 今回は「お笑い芸人」の場合で考えたい。
 
 若手のお笑い芸人恒例の「チケットの手売り」や「出待ち」でも、事件が起こる可能性はある。「お金を払ってくれるお客様」に対して「丁寧な対応」をするのは当然の行為だ。「何度も足を運んでくれるお客様」のことは覚えるだろうし、それなりに親しい雰囲気になるのも必然と言える。
 
 しかしその行動を「特別扱い」だと錯覚してしまう人もいるだろう。「あの人にだけ馴れ馴れしい」と嫉妬を覚える人もいるだろう。
 ではファンとの接触を一切しなければいいのか、となると話は別だ。チケットノルマ制度を採用する事務所も存在するし、たまたま通りかかったファンが声をかけて無視などしたら、SNSで「あの芸人は冷たい」と拡散されてしまう時代。お笑い芸人本人の今後の活動のためにも、「無料」で「ファンサービス」をすることは重要なのだ。
 
 ファンサービスはあくまでも「サービス」なので、勿論無料だが、お笑い芸人のプライベートの時間は奪われている。どこまでが許されて、どこからが許されないのかは、「性格」や「知名度」、「その場の雰囲気」によって異なる。暗黙の了解の世界で、線引が非常に難しい。
 もしかしたら愛情の裏返しで、どこかのお笑い芸人は恨みを買っているかもしれない。もしかしたら、私だって妬まれているかもしれない。
 この時代において、「お笑い芸人」そして「お笑い芸人のファン」は皆、被害者になる可能性を孕んでいる。
 
 
 
 

 2016年5月24日、銀シャリの新ネタライブ、『新米寄席』が開催された。いつものように漫才をする銀シャリだが、下手側に違和感が。鰻さんがトレードマークの青いジャケットを、NGKに忘れてきてしまったのだ。

 
 「青いジャケットを着ていない銀シャリの漫才」なんてレアなので、個人的にはこれだけで来た甲斐があるというものだ。
 しかし橋本さんは舞台上で叫ぶ。「お客さんに申し訳ないやろ!お前(鰻さん)は今日は終わったあとお客さん全員にサービスせぇ!」。鰻さんもあっさり承諾し、「お客さんの気が済むまで今日はサービスします」と発言。写真なりハグなりなんなりと、と微笑んだ。
 
 『新米寄席』では鰻さんが、自著『どう使うねん』を10冊程度手売りするのが恒例なので、終演後に複数人のファンと交流する機会がある。そこでは握手、サイン、写真等に快く対応してくれる。
 しかし、今回は「鰻さんに落ち度があるから」と、希望するお客さん全員と交流ができた。握手、サイン、2ショットは勿論、ハグ、お姫様抱っこまで可能だ。
 私はファンサービスの最後の方に参加した。正確な時間は覚えていないが、22時くらいのはずだ。公演自体は20時15分まで。鰻さんは2時間程度、ずっとファンサービスをしていたのだ。
 
 一言で「ファンサービス」と言っても、様々な選択肢がある。「会場の出口でお客さん全員とハイタッチ」だって、ファンからしたら嬉しいサービスだ。しかし銀シャリは、橋本直さんは、そして鰻和弘さんは、「お客さんの気が済むまで」「何でもする」というサービスを選んだ。
 
 銀シャリのこの選択肢をなんと表現するのが相応しいか、非常に悩む。「優しい」、「寛容」、あるいは「策略家」…どれも正解のようで、どれも不正解なような気もする。
 
 「ファンサービス」の受け手に求められることは、「空気を読む」ことだ。何事も無く『新米寄席』が終演したという事実は、一見普通に見えるが、実はとても素晴らしいことだった。
 サービスを司令した橋本さん、サービスを行った鰻さん、サービスを受けたお客さん、全員がきちんと「その場の空気を読む」ことができたからこそ成り立った時間だった。
 
 
 私は今回の『新米寄席』における銀シャリの対応を見て、ますます銀シャリが好きになったが、今回はそこは主題ではない。
 「銀シャリは丁寧だね」、「銀シャリのファンはマナーがあるね」、では済まない世の中になりつつある。
 
 
 
 
  この記事をここまで読んでくれた人に伝えたい。「自衛」が求められる時代だ。「ファンに優しくしよう」、「ファンだから優しくされたい」。それは当然の気持ちだ。しかし、いつ、誰が、どこで、どんなことをするか、誰にも分からない。
 お笑い芸人本人との直接の接触以外の場所、例えばSNS等で、いつの間にか知らない人から恨みを覚えられているかもしれないのだ。
 
 「ファンサービス」はとても曖昧で難しい。
 しかし私は「ファンサービス」の時間が好きだ。本人に直接感想を伝えられるということは、かけがえのない財産だ。
 
 このファンサービス文化を、私は守りたい。守りたいからこそ、皆で「自衛」をしよう。
 
 
 
 
 
 私は、大好きな人が突然いなくなるという経験をした。「好きな人に好きと伝える」ということは、本当に尊い行為なのだということを、心の底から伝えたい。
 これからも尊い行為ができる世の中であってほしいと願っている。