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世界の縁からこんにちは

いろんなことを書きます

新しい波を乗り越えて

 2009年1月に放送されたもので、私の手元にはデータも残っていないから、このブログはとてもかすかな記憶を頼りに書いている。間違っている点、私の知らない情報等はぜひ教えてほしい。

 

 『新しい波16』という番組があった。『めちゃイケ』、『はねトび』に続く番組を作るため、若手芸人を発掘することが趣旨だった。2009年1月26日に「東西吉本漫才対決」として銀シャリが出演した。多分「アルファベット」と「桃太郎」のネタだった。当時から司会のウエンツ瑛士さんに「ベテラン」だと言われ、もちろん「鰻」という苗字を散々弄られた。

 

 番組の最終回は、今まで出演した芸人の中から選抜されたメンバーがスタジオに並んだ。まだ「鎌鼬」だった、かまいたちもいた。銀シャリもいた。

 

 この中のメンバーから更に選抜され、『ふくらむスクラム!!』が始まった。初回にいたメンバーは、オレンジサンセット、ヒカリゴケ、ニッチェ、少年少女、しゃもじ、かまいたち、バース、そして銀シャリ橋本直

 

 何故かバースと橋本さんは初回だけの出演だった。『ふくらむスクラム!!』は『1ばんスクラム!!』に改変し、ゴールデンに進出することもなく終了した。そんな事実を知っている今だからこそ、「銀シャリが選ばれなくてよかったのかも」と思えるが、当時は打ちひしがれた。

 

 どうして橋本さんだけが呼ばれたのか。悲しかった。「鰻和弘」と「橋本直」で「銀シャリ」なのにどうして橋本さんだけが呼ばれたのか。まだ結成して4年も経っていない頃だった。鰻さんは「自分だけ呼ばれなかった」ことをどう思ったのだろう、と考えるとつらかった。相方がフジテレビのめちゃイケはねトびスタッフに気に入られ、1人で東京のテレビに出演し、しかも結局レギュラーにはなれなかった。どんな気持ちだったのだろう。

 私は『新しい波16』の最終回の時に高校2年生。『ふくらむスクラム!!』初回は受験生になったばかり。三重の片田舎に住んでいた私は、baseよしもとまで駆け付けて銀シャリの気持ちを聞くことなんてできなかった。だから鰻さんの真意も橋本さんの真意も分からないが、とにかく、「ファンとして」つらかった。「銀シャリ」として評価されないことがつらかった。

 

 5up時代の単独ライブが嫌いだった。メモを片手に観る客が多かった。橋本さんのツッコミのフレーズばかり記録し、ネットに掲載していた。「橋本は上手いが鰻がダメ」の言葉を散々見てきた。悔しかった。

 

 私は「銀シャリ」が好きなのだ。特に好きなのは、2人の笑いに関する感性が似ているところだ。2月にはPOISON GIRL BANDの吉田さんと橋本さんの漫才を観たが、吉田さんのボケは絶妙に鰻さんのボケとは違うのだ。鰻さんは言わないようなボケなのだ。「銀シャリ」の漫才は、鰻さんと橋本さんでしか成り立たないのだ。

 

 

 

 今、銀シャリは関西ローカルに出突っ張りだ。本人たちも「ずっと2人で仕事をしている」と言ってしまうくらい、「銀シャリ」としてテレビに出て、漫才をして、冠のラジオを5年以上続けている。

 嬉しい。単純に嬉しいのだ。私は『新しい波16』と『ふくらむスクラム!!』を観てきたからこそ、銀シャリが「銀シャリ」として世間に求められている事実が嬉しいのだ。

 

 

 

 最近の漫才は特に、鰻さんらしさ、橋本さんらしさが目立つ。お互いに解散を繰り返して銀シャリを結成したから、鰻さんには橋本さんしか、橋本さんには鰻さんしかいないんだと思う。これからもずっと、2人で、楽しく銀シャリでいてほしい。