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世界の縁からこんにちは

いろんなことを書きます

お笑い芸人の「ファンサービス」について考える

 「女性シンガーソングライター刺殺事件」が最近話題となっている。これは他人事ではない。「女性」や「シンガーソングライター」などの肩書がなくても、起こり得る事件なのだ。

 今回は「お笑い芸人」の場合で考えたい。
 
 若手のお笑い芸人恒例の「チケットの手売り」や「出待ち」でも、事件が起こる可能性はある。「お金を払ってくれるお客様」に対して「丁寧な対応」をするのは当然の行為だ。「何度も足を運んでくれるお客様」のことは覚えるだろうし、それなりに親しい雰囲気になるのも必然と言える。
 
 しかしその行動を「特別扱い」だと錯覚してしまう人もいるだろう。「あの人にだけ馴れ馴れしい」と嫉妬を覚える人もいるだろう。
 ではファンとの接触を一切しなければいいのか、となると話は別だ。チケットノルマ制度を採用する事務所も存在するし、たまたま通りかかったファンが声をかけて無視などしたら、SNSで「あの芸人は冷たい」と拡散されてしまう時代。お笑い芸人本人の今後の活動のためにも、「無料」で「ファンサービス」をすることは重要なのだ。
 
 ファンサービスはあくまでも「サービス」なので、勿論無料だが、お笑い芸人のプライベートの時間は奪われている。どこまでが許されて、どこからが許されないのかは、「性格」や「知名度」、「その場の雰囲気」によって異なる。暗黙の了解の世界で、線引が非常に難しい。
 もしかしたら愛情の裏返しで、どこかのお笑い芸人は恨みを買っているかもしれない。もしかしたら、私だって妬まれているかもしれない。
 この時代において、「お笑い芸人」そして「お笑い芸人のファン」は皆、被害者になる可能性を孕んでいる。
 
 
 
 

 2016年5月24日、銀シャリの新ネタライブ、『新米寄席』が開催された。いつものように漫才をする銀シャリだが、下手側に違和感が。鰻さんがトレードマークの青いジャケットを、NGKに忘れてきてしまったのだ。

 
 「青いジャケットを着ていない銀シャリの漫才」なんてレアなので、個人的にはこれだけで来た甲斐があるというものだ。
 しかし橋本さんは舞台上で叫ぶ。「お客さんに申し訳ないやろ!お前(鰻さん)は今日は終わったあとお客さん全員にサービスせぇ!」。鰻さんもあっさり承諾し、「お客さんの気が済むまで今日はサービスします」と発言。写真なりハグなりなんなりと、と微笑んだ。
 
 『新米寄席』では鰻さんが、自著『どう使うねん』を10冊程度手売りするのが恒例なので、終演後に複数人のファンと交流する機会がある。そこでは握手、サイン、写真等に快く対応してくれる。
 しかし、今回は「鰻さんに落ち度があるから」と、希望するお客さん全員と交流ができた。握手、サイン、2ショットは勿論、ハグ、お姫様抱っこまで可能だ。
 私はファンサービスの最後の方に参加した。正確な時間は覚えていないが、22時くらいのはずだ。公演自体は20時15分まで。鰻さんは2時間程度、ずっとファンサービスをしていたのだ。
 
 一言で「ファンサービス」と言っても、様々な選択肢がある。「会場の出口でお客さん全員とハイタッチ」だって、ファンからしたら嬉しいサービスだ。しかし銀シャリは、橋本直さんは、そして鰻和弘さんは、「お客さんの気が済むまで」「何でもする」というサービスを選んだ。
 
 銀シャリのこの選択肢をなんと表現するのが相応しいか、非常に悩む。「優しい」、「寛容」、あるいは「策略家」…どれも正解のようで、どれも不正解なような気もする。
 
 「ファンサービス」の受け手に求められることは、「空気を読む」ことだ。何事も無く『新米寄席』が終演したという事実は、一見普通に見えるが、実はとても素晴らしいことだった。
 サービスを司令した橋本さん、サービスを行った鰻さん、サービスを受けたお客さん、全員がきちんと「その場の空気を読む」ことができたからこそ成り立った時間だった。
 
 
 私は今回の『新米寄席』における銀シャリの対応を見て、ますます銀シャリが好きになったが、今回はそこは主題ではない。
 「銀シャリは丁寧だね」、「銀シャリのファンはマナーがあるね」、では済まない世の中になりつつある。
 
 
 
 
  この記事をここまで読んでくれた人に伝えたい。「自衛」が求められる時代だ。「ファンに優しくしよう」、「ファンだから優しくされたい」。それは当然の気持ちだ。しかし、いつ、誰が、どこで、どんなことをするか、誰にも分からない。
 お笑い芸人本人との直接の接触以外の場所、例えばSNS等で、いつの間にか知らない人から恨みを覚えられているかもしれないのだ。
 
 「ファンサービス」はとても曖昧で難しい。
 しかし私は「ファンサービス」の時間が好きだ。本人に直接感想を伝えられるということは、かけがえのない財産だ。
 
 このファンサービス文化を、私は守りたい。守りたいからこそ、皆で「自衛」をしよう。
 
 
 
 
 
 私は、大好きな人が突然いなくなるという経験をした。「好きな人に好きと伝える」ということは、本当に尊い行為なのだということを、心の底から伝えたい。
 これからも尊い行為ができる世の中であってほしいと願っている。

上方漫才大賞奨励賞に寄せて

 M-1後から、ルミネtheよしもとでの舞台が多くなった。関西ローカルで生放送のレギュラー、ロケを多数抱える銀シャリは、関東と関西の往復が途端に増えた。

 銀シャリ関西テレビ『よ〜いドン!』で毎日コーナーを持っている。
 VTRのみ、5分くらいの出演だが、そのVTRを毎週5本用意することは大変だ。

 MBSちちんぷいぷい』では、街を歩く一般人に声を掛け、家に連れて帰ってもらうという内容のコーナーが週1回ある。
 18時までMBSで生放送に出演した後、そのまま翌週分のロケを敢行する。急にカメラを自宅に入れることを受け入れてくれる人は少なく、夜遅くまでロケが続くこともある。

 隔週で『銀シャリの炊きたてふっくらじお』という冠ラジオの収録も行う。

 橋本さんは『探偵!ナイトスクープ』の探偵としての仕事もある。全国から依頼が来るので、『探偵!ナイトスクープ』で1日が潰れることもある。

 鰻さんはABC『おはよう朝日です』というニュース番組の金曜日レギュラーだ。『おはよう朝日です』は6時45分放送開始。木曜日に関東で夜の公演をこなして、終電で帰ることもある。寝坊が怖いから、とABCに泊まって放送に挑む日もあるそうだ。

  NGK、よしもと漫才劇場、祇園花月ルミネtheよしもと等の劇場、地方での営業で漫才を披露しつつ、合間にはロケ、ロケ、ロケ。
 1日を費やしたロケが、放送では15分程度のこともあった。銀シャリは自分たちの出演番組を録画するので、打ちひしがれたこともあったのではと想像してしまう。

 「もう(大衆向けの)ネタがない」、「ロケ死する」。最近の銀シャリは、そんなことをよく口走っていた。

 しかし銀シャリは、新ネタ作りにも余念がない。月に1度、新ネタを披露するライブ『新米寄席』が大阪で行われている。
 『新米寄席』でのお客さんの反応を見たり、アンケートを読んだりして、よしもと漫才劇場やルミネtheよしもと、定期的に東京で行われる『うなちゃんなおちゃんのごきげんライブ』でネタを育てていく。

 『うなちゃんなおちゃんのごきげんライブ』では、ゲストの芸人さんが鰻さんの描いた似顔絵Tシャツを着ることが恒例になっている。つまり鰻さんは、漫才やロケの合間に、絵を描く時間も作らないとならない。


 「疲れている!」。最近の銀シャリを観て、真っ先に思うことだった。
 橋本さんの声がガラガラになったり、鰻さんの笑顔がくたびれたりしていた。


 このままでは銀シャリ過労死してしまうと本気で心配した。
 鰻さんに「タバコの差し入れをさせてください」とお願いしたら「そんなお気遣いはいいですよ」と断られそうになったが、「だって最近、疲れてるじゃないですか!」と押し切った。
 鰻さんは「ファンにバレてるようじゃ、ダメですね」と微笑んでくれた。


 『上方漫才大賞』の銀シャリのネタは、“いつものネタ”だった。「自己紹介」、「質の良い睡眠」、「日本昔話」、「テニス」。いろんなところで観たネタだった。
 『新米寄席』で練っている新しいネタは披露しなかった。

 “だからこそ”銀シャリは奨励賞を受賞できたのだと思う。
 様々なステージで、様々な客層を笑わせてきた“いつものネタ”だからこそ、「正統派漫才師」のイメージが強い銀シャリは会場で笑いを取ることができた。
 多種多様なロケに挑む銀シャリだからこそ、老若男女を笑わせることができた。


 最近の銀シャリは、つらかった。観ている私でさえ、つらかったのだ。本人の苦しみは計り知れない。


 今までの努力が、「上方漫才大賞奨励賞受賞」という結果を生んだのだ。
 「銀シャリの苦労が報われた!」。テレビの前で私は感激した。

 受賞の瞬間、橋本さんは鰻さんに抱きついた。抱きつくというよりは、タックルに近いくらいの勢いだった。
 心底嬉しかったのだろう。


 昨年の奨励賞に輝いたのは、学天即だった。
 2月11日に銀座で行われた橋本さんのトークショーで、「目標の芸人」の話題になった。「ブラマヨ小杉さん」、「フット後藤さん」、「やっぱり最終的にはダウンタウンさん」等の名前の中、1人だけ銀シャリよりも若手の芸人の名が挙がった。
 学天即の奥田さんだった。

 学天即は2014年に上方漫才大賞の新人賞を受賞。翌年2015年に奨励賞を受賞した。
 橋本さんはきっと、悔しかったのだろう。

 だからこそ、余計にタックルに力が入ってしまったのではないだろうか。



 銀シャリの2016年単独ライブ『逆襲のシャリ』が開催発表となったのは、上方漫才大賞の日。橋本さん曰く、「敢えてその日にした」とのことだ。
 それくらい、銀シャリは今回の上方漫才大賞奨励賞に賭けていた。強い思い入れがあった。

 青いジャケットを脱ぐか脱がないかで葛藤を続けている銀シャリだが、「上方漫才を背負っている」という意識は強い。奨励賞という形で、銀シャリは漫才に太鼓判を押してもらえた。


 嬉しい。ファンとして嬉しいし、本人たちが心底喜んでいることが嬉しい。

 銀シャリのつらい経験は、何一つ無駄ではなかった。銀シャリの2人に、心から「おめでとう」と言いたい。



 銀シャリの単独ライブ『逆襲のシャリ』は、ガンダムの『逆襲のシャア』のもじりだ。M-1グランプリ2015で2位だったからこそ、このタイトルをつけたと語っていた。

 青い彗星・銀シャリの「逆襲」はどんな結果になるのだろうか。ひたすら4分程度のネタを作り続ける銀シャリは、年末を見据えているに違いない。

 反撃の狼煙は上がった。ここから銀シャリがどのように闘っていくのか、見届けたい。

 『逆襲のシャリ』はNGKルミネtheよしもとで開催される。あなたも一緒に、逆襲の目撃者になろうではないか。
 

春日を見ると元気になれる

 Twitter上で私が突然作った「#疲れたときに春日を見ると元気になれる説」というタグ。なぜ作ったかというと理由は単純明快、「私が2日間連続で風邪をひいたから」です。







(ちょっと長めの理由)

 職場に行きたかったのに行けず、熱を出し、同棲中の彼氏は出張で帰ってこないという不安を、なんとか紛らわそうとテレビやネットを眺めていた昨晩。熊本で大きな地震がありました。
 「テレビやネットが地震一色になったら、心の逃げ場がなくなっちゃう!」と焦りました。『とと姉ちゃん』後に『あさイチ』がなかったので、「東日本大震災のときのようになってしまうのかな」とさえ思いました。
 (もちろん現地に思いを馳せるのも大切ですが、日常を守りながら生活していくことも大切だと考えます。)

 「うわあ、どこに逃げ道があるんだ!」と思ったとき、頭をよぎったのが『オードリーのオールナイトニッポン」でした。東日本大震災の直後、漫才をO.A.してくれた彼らなら、きっと逃げ道にしても怒らない、とオードリーに甘えました。
 私は『おもしろ荘』からしか観ていませんが、そのときと比べて春日さんはすっかりワールドワイドになったし、若林さんはすっかり大人になったし(私の中の若林さんは「トラの被り物を被らない人」です)、ファンもたくさん増えました。「熊本にいるリトルトゥースのために!」という気持ちは、5%くらいです。あとは「私が風邪だから」という気持ちでこのタグを作りました。

 タグを作ってみたら、まず、「春日さんの画像を探すのが楽しい」し、「ファンの方がちょっとリアクションをくれてとても嬉しい」しで、大変元気になりました。

 金曜日の夜、お仕事終わりでお疲れの方もいらっしゃるでしょう。日曜日の夜、学校に行きたくないと悩む方もいらっしゃるでしょう。不安な思いで夜を過ごしている方もいらっしゃるでしょう。

 私は皆さんの何も役に立ちませんが、「春日を見ると元気になれる」説は立証されたなと思いました。

 というわけで皆さん、疲れたときには春日を見ましょう!

 アパー!

バッファロー吾郎A先生の『グル名刺』を読んだ

 私は舌バカだ。何を食べても「美味しい」と言い、全部平らげてしまう。小学校の給食を「不味い」というクラスメイトが信じられなかった。

 大学生になってから一人暮らしを始め、「友人と一緒に食事をする」という行為を覚えた。しかし大学生は基本的に貧乏な生き物。飲み会といえば鳥貴族、昼食を取るならサイゼリアだった。お腹が満たされればなんでもよかった。

 社会人になってからもその感覚は変わらず、行きつけの店といえばタバコの吸えるチェーン店ばかり。モスバーガーミスタードーナツ神と崇めている20代の女。

 

 もともと食に興味がない上に、昨年の10月くらいから食欲まで低下した。ウィダーinゼリーとチオビタドリンクだけの日が多々あった。「何か食べないと死ぬけれど、何かを選ぶのは面倒臭い」という状態だ。今も「卵かけご飯と納豆でも食べてたらいいでしょ」みたいな有様。そんな私が『グル名刺』を読んだのは、単純にバッファロー吾郎のファンだったからだ。『マンスリーよしもと』で一通り読んではいたが、一冊の本として、しっかりと向き合いたいと思った。

 

 A先生の思い出深い店が紹介されていくのだが、まずその思い出が面白い。バッファロー吾郎ファンとして、芸人ファンとしてたまらないエピソードがどんどん出てくる。食よりもむしろ思い出に行数が割かれている場合もある。店の雰囲気に大半が使われている場合もある。少ない行数しか使われていないはずの食に関するレビューは、A先生節が炸裂していて、「美味しかったんだな」としか伝わらないこともある。某店のチキン南蛮は「2兆7点」らしい。

 

 そして何より、紹介される店の立地が絶妙なのだ。舞台の出番の合間や、終演後に訪れることが多いのか、ルミネの近くだったり、NGKの近くだったりする店が多く紹介されている。私は方向音痴なので、新宿駅からルミネまでの行き方や難波駅からNGKまでの行き方はわかるが、すこしエリアを変えられると途端に迷子になってしまう。つまり「A先生の行きつけの店なら迷わずに行けそう」なのだ。

 「行ってみたい」と思った。食に疎い私が「行ってみたい」と思った。載っている店は全て行ってみたいのだが、取り敢えず、ルミネとNGKに近そうで、価格が比較的安そうな店に付箋を貼りながら読んだ。読み終わった後には、6色セットの真新しい付箋の紫が全部なくなり、ピンクが半分になっていた。コメダ珈琲で暇つぶしにグルメガイドを読んでも、ピンと来たことは一度もない。写真付きのグルメガイドに、名刺の画像しかない『グル名刺』が勝ったのだ。

 

 『グル名刺』は3部に分かれている。A先生が店を紹介するパート、グルメ漫画家と対談をするパート、そして漫画パートだ。漫画パートでは、筆を執ることに葛藤するA先生が出てくる。悩めるA先生はBさんと出会う。Bさんとの会話によって、A先生はいろいろなことに気付かされる。漫画の「最終話」でBさんが言うセリフ、A先生が辿り着いた結論に、目頭が熱くなる。そこに「バッファロー吾郎の本質」を見た。

 

 「グルメ」や「名刺」で人と人との絆が生まれていく。心の奥がぽかぽかし、お腹がすく。あと5周読んだら、付箋がとんでもないことになりそうだ。


 私にとってのBさんは、A先生かもしれない。

新しい波を乗り越えて

 2009年1月に放送されたもので、私の手元にはデータも残っていないから、このブログはとてもかすかな記憶を頼りに書いている。間違っている点、私の知らない情報等はぜひ教えてほしい。

 

 『新しい波16』という番組があった。『めちゃイケ』、『はねトび』に続く番組を作るため、若手芸人を発掘することが趣旨だった。2009年1月26日に「東西吉本漫才対決」として銀シャリが出演した。多分「アルファベット」と「桃太郎」のネタだった。当時から司会のウエンツ瑛士さんに「ベテラン」だと言われ、もちろん「鰻」という苗字を散々弄られた。

 

 番組の最終回は、今まで出演した芸人の中から選抜されたメンバーがスタジオに並んだ。まだ「鎌鼬」だった、かまいたちもいた。銀シャリもいた。

 

 この中のメンバーから更に選抜され、『ふくらむスクラム!!』が始まった。初回にいたメンバーは、オレンジサンセット、ヒカリゴケ、ニッチェ、少年少女、しゃもじ、かまいたち、バース、そして銀シャリ橋本直

 

 何故かバースと橋本さんは初回だけの出演だった。『ふくらむスクラム!!』は『1ばんスクラム!!』に改変し、ゴールデンに進出することもなく終了した。そんな事実を知っている今だからこそ、「銀シャリが選ばれなくてよかったのかも」と思えるが、当時は打ちひしがれた。

 

 どうして橋本さんだけが呼ばれたのか。悲しかった。「鰻和弘」と「橋本直」で「銀シャリ」なのにどうして橋本さんだけが呼ばれたのか。まだ結成して4年も経っていない頃だった。鰻さんは「自分だけ呼ばれなかった」ことをどう思ったのだろう、と考えるとつらかった。相方がフジテレビのめちゃイケはねトびスタッフに気に入られ、1人で東京のテレビに出演し、しかも結局レギュラーにはなれなかった。どんな気持ちだったのだろう。

 私は『新しい波16』の最終回の時に高校2年生。『ふくらむスクラム!!』初回は受験生になったばかり。三重の片田舎に住んでいた私は、baseよしもとまで駆け付けて銀シャリの気持ちを聞くことなんてできなかった。だから鰻さんの真意も橋本さんの真意も分からないが、とにかく、「ファンとして」つらかった。「銀シャリ」として評価されないことがつらかった。

 

 5up時代の単独ライブが嫌いだった。メモを片手に観る客が多かった。橋本さんのツッコミのフレーズばかり記録し、ネットに掲載していた。「橋本は上手いが鰻がダメ」の言葉を散々見てきた。悔しかった。

 

 私は「銀シャリ」が好きなのだ。特に好きなのは、2人の笑いに関する感性が似ているところだ。2月にはPOISON GIRL BANDの吉田さんと橋本さんの漫才を観たが、吉田さんのボケは絶妙に鰻さんのボケとは違うのだ。鰻さんは言わないようなボケなのだ。「銀シャリ」の漫才は、鰻さんと橋本さんでしか成り立たないのだ。

 

 

 

 今、銀シャリは関西ローカルに出突っ張りだ。本人たちも「ずっと2人で仕事をしている」と言ってしまうくらい、「銀シャリ」としてテレビに出て、漫才をして、冠のラジオを5年以上続けている。

 嬉しい。単純に嬉しいのだ。私は『新しい波16』と『ふくらむスクラム!!』を観てきたからこそ、銀シャリが「銀シャリ」として世間に求められている事実が嬉しいのだ。

 

 

 

 最近の漫才は特に、鰻さんらしさ、橋本さんらしさが目立つ。お互いに解散を繰り返して銀シャリを結成したから、鰻さんには橋本さんしか、橋本さんには鰻さんしかいないんだと思う。これからもずっと、2人で、楽しく銀シャリでいてほしい。

『Aladdin』が好きだ

 私はディズニー映画の『Aladdin』の大ファンだ。自他ともに認める大ファンだ。ディズニーシーの門が開くと同時に、アラビアンコーストに行ってしまうくらいには『Aladdin』の世界観が好きだ。

 

 特に好きなのは、ランプの精・ジーニーだ。彼のコミカルな喋り、コロコロと変わる表情、友人であるアラジンに対する優しさ、全部が大好きだ。

 

 そんな私が『Aladdin』で一番好きなシーンは、冒頭部分、行商人が通行人(視聴者)に語りかけるシーンだ。行商人は「昔々、魔法のランプがある1人の若者の人生を変えた」と言う。興味を持った通行人に、その話を昔話として語るところから、お馴染みのストーリーが始まる。

 

 『Aladdin』を観たことがある人の何割が、このシーンを覚えているのだろうか。「そんな人いたっけ?」と思うのも無理はない。このシーンは本筋とは関係のない、カットしてもいいような時間だからだ。だが、私はこのシーンが一番好きだ。

 

 このブログを読んでいるのなら、「アラジン 行商人」で画像を検索してほしい。行商人の指を見てほしい。彼は4本指なのだ。

 ミッキーマウスの指は4本。アラジンの指は5本。ジャスミンの指は5本。ジーニーの指は4本。ディズニー作品において、4本指とは「人間ではない」ということを意味する。つまり行商人は人間ではない。

 

 日本語吹き替え版では声優が異なるため分かりづらいが、アメリカの原作版ではジーニーの声優も行商人の声優もロビン・ウィリアムズ。つまり、行商人はジーニーが変身した姿。『Aladdin』は、ジーニーが昔話として視聴者にアラジンの半生を語っている映画なのだ。

 

 「昔」がどの程度昔なのかは本編から分からないので、ここからはファンの考察にすぎないが、アラジンはもう、この世にいないのではないだろうか。ジーニーの一番の願いであった「自由」を与えてくれた親友・アラジンは死んでしまった。ジーニーはそんなアラジンの優しさを、彼が死んだあとも語り継いでいきたかったのではないだろうか。

 

 アラジンが死んだ時、ジーニーはどんな気持ちだったのだろう。アラジンの妻であるジャスミンが死んだ時、ジーニーはどんな気持ちだったのだろう。ジーニーは何年、哀しみに暮れたのだろう。

 

 しかしジーニーは行商人に化け、視聴者に「愉快な話」としてアラジンの半生を語りかける。アラジンの死はジーニーにとって悲劇だったに違いない。しかし角度を変えれば、それは喜劇になるのだ。

 

 哀しみを背負いながら、ジーニーは今日も軽快な口調でランプについての逸話を語る。私は、『Aladdin』が好きだ。

あなたの代わりはあなただけ

 「POISON GRLE BANDの吉田さんが、東京で面白いイベントをしている」という噂は、関西まで届いていた。なんでも、吉田さんが相方を代えて5本漫才をするというライブらしい。私はPOISON GRLE BANDのネタが好きだし、毎回選出される5人も非常に興味深いメンバーだったので、いつか行きたいなぁと思っていた。メンバーが発表されるたび、いつか行きたいなぁと思っていた。

 2016年2月11日、ルミネtheよしもとで開催された『POISON吉田が5人と漫才』に駆けつけた。関西から駆けつけた。今回相方に選ばれたのはニューヨーク・嶋佐さん、椿鬼奴さん、スピードワゴン・小沢さん、ブラックマヨネーズ・小杉さん、そして、銀シャリ橋本直さんだった。
 「いつか」は「今」になった。「銀シャリはPOISON GRLE BANDの大ファン」ということはファンの間では有名なことだった。そんなPOISON GRLE BAND・吉田さんから声が掛かったのだ。漫才ファンとして、そして何より銀シャリファンとして、この晴れ舞台に立ち会いたかった。吉田さんが橋本さんにどんなネタを書くのか、そして橋本さんがそれをどう返すのか、観たくて仕方がなかった。今行かなくてどうするんだ!と急いでチケットを確保した。

 「洋楽」のネタだった。「吉田さんが有名な洋楽の有名なサビだけを歌えない」というネタだった。飛び跳ねて笑った。拍手笑いが収まるのを橋本さんが待たなければならない程ウケていた。サビ以外の難しい英語はスラスラと歌える吉田さんが可笑しかった。ウルサイくらいツッコむ橋本さんの顔は、とてもイキイキしていた。終演後に後列のお客さんが「銀シャリが一番面白かった」と話していて、思わずガッツポーズをしそうになった。

 面白かった。あっという間だった。もう一度観たいと思った。でも、「気持ち悪い」と思った。

 気持ち悪かった。昭和の漫才師のような青いジャケットを着た人の隣に、細身の黒いジャケットとジーンズの人が立っていることが気持ち悪かった。唇が分厚いメガネの人が下手にいることが気持ち悪かった。
 橋本さんの隣にくしゃっと笑う鰻さんがいないことが、本当に気持ち悪かった。

 吉田さんは、銀シャリに寄せたネタを書いてくれた。でもそれは銀シャリが作るネタとは違った。吉田さんがあのボケをやるから自然なのであって、鰻さんがあのボケをやるのは不自然なのだ。そんなのは鰻さんのキャラじゃない。鰻さんが漫才中に歌うことはよくあるけれど、あんな風には歌わない。そして橋本さんは、敬語で鰻さんにツッコんだりしない。

 私が楽しんだのは「POISON GRLE BAND・吉田さん」と「銀シャリ・橋本さん」のネタなのだ。各々のコンビの看板があってこそ成立するネタなのだ。私はPOISON GRLE BAND、そして銀シャリが好きなのだ。

 橋本さんの相方は鰻さんしかいないと確信した。



 私は開演前までずっと、座席に座って泣いていた。ルミネtheよしもとは私にとって思い出の場所だった。しずるの企画ライブに、大好きなコンビがゲスト出演する回があった。ちょうどコンビの1人が本を出版したタイミングだった。そのコンビは吉本に所属しているわけでもないのに、いけしゃあしゃあと終演後にロビーで本を手売りしていた。私は本を買い、サインを書いてもらった。握手をして、写真も撮ってもらった。シャッターを押してくれたのは、そのコンビの冠番組では有名なスタッフさんだった。

 キングオブコメディは解散してしまった。



 『POISON吉田が5人と漫才』の幕が上がるまで、私は泣いていた。すぐに涙は笑顔に変わった。ゲラゲラと笑いながら、吉田さんの相方は阿部さんしかいないと思った。橋本さんの相方は鰻さんしかいないと思った。

 そして、キングオブコメディ・今野さんの相方は高橋さんしかいないと思った。



 誰も、誰かの代わりにはなれないのだ。阿部さんの代わりも、鰻さんの代わりも、高橋さんの代わりもいない。







 「私なんかいなくてもいい」という考えが脳をたびたび過ってしまう。でも、もしかしたら、私の代わりも、誰もいないのかもしれない。